文学百景 其ノ四『ゴッホの手紙 上・中・下』
文学百景 其ノ四
J・V・ゴッホ・ボンゲル編『ゴッホの手紙 上・中・下』（硲伊之助訳）岩波文庫
色彩 ORIZZONTE
彼の生計は皮算用に終わった。画の価は上がる兆しを見せたが、彼は死去した。
これら三冊に編纂された書簡集のうち、中巻は、読むのにひどく骨が折れる。中巻の彼は、弟に金を無心、と言うより要求しつつ、援助が断たれることを怖れてか、耕された地面のライラックに連なる果樹園は白く横長に熟し、倹約家ぶった執拗な勘定をして見せる。自分と弟を「われわれ」と呼ぶのは、麦畑の背景の緑がかった黄色の空を覆う異なった六種のコバルトを湧かせるけれど、やはりカルマンの替わりに赤と六本のヴェロネーズ緑を送ってくれない弟を同志に仕立てることで、寄生虫としての罪悪感を和らげようとしているのだろうか。乾燥させた水無川の渡し賃さえない彼の艶のない灰黄色の肌を塗り立てて、青い制服に金モールを仕立てれば、通俗的な小さい庭の実際のように一方の側が緑色で、よい計画は上手く立ち回れば実現するはずで、その片側はほとんど緑がなくてそっくりオレンジの果実とエメラルド色の無花果が永遠に強烈な太陽の下で陰る様子をものにできるはずだ。いつかの豊かな青の背景に浮き出したブロンドの頭は、それが自分にとって都合がよいだけの企画かもしれないとは決して考えず、しつこく指示を出し、真昼の真赤に灼けた鉄のようなぎらぎらしたオレンジ色の闇の中に光る神秘的でない古金色の大地の星に元気を取り戻した彼は、しかし、思い通りに動いてくれない人々に対し、それらの人は明白な道理をわきまえられないのだと苛立つ。十二点の装飾画の三対に肉体を一擲しているのでじきに青と黄色は足りなくなりそうだ。光輪の効果を色彩の振動で描く発見は実在に迫りうる確かな技法だと信じるが、彼の光はおそらく鮮血と甦る若葉の嬰児なので、希望の補色に底無しの青が捧げられ、そして彼のためには灰色の調子と薄鼠がかったバラ色の組み合わせが発見された。生活苦の細微末節と間隙を埋め尽くす色彩色彩色彩色彩。読むのに忍耐が要る訳だ。
下巻を読み終わると、彼はいつでも彼自身の言葉を、こちらが勘繰るより真面目に、信じていたことに気づく。信じていなければ、自信を失うこともあるまい。中巻を読んでいるときは、てっきり、彼は強情な自尊心から自画の価値を言い張るだけかと思った。しかし、無論、彼は彼の画業を為した。絵画の来し方を細心に学び、未来の画家達の先達たらんとした。彼なりに日々勤めたし、地方風は吹きすさぶ。そして周知の通り、彼は美術史にその名を列ねている。まったき功名の常道である。頭がおかしいのは、むしろ、狂熱する現代の市場だろう。
多くの美術史家が研究しているだろう。ファン・ゴッホの色彩関する方法論は、鮮やかさがもたらす強調の効果と、色と感情についての心理学、配置された作品群における対比と統一、そして…?
